第45回すばる文学賞受賞。
ダ・ヴィンチ編集部が選ぶ『プラチナ本 OF THE YEAR! 2022』。
認知症を患っているカケイさんが、軽妙な語り口で現在と過去を行ったり来たりしながら自らの半生を語ります。
まるで、おばあちゃんの半分独り言のような昔話を、縁側でまどろみながら聞いている気分。
1ページ目から「これは面白いぞ」と前のめりになる作品です。
どこか人ごとのように自らの人生を語るカケイさんの人生は、波乱万丈。
というか壮絶。
読んでいると「ちょっと重いな‥」と感じる場面もちらほら。
しかし読後は、魂が浄化されたような穏やかで温かい気持ちになります。
その理由をつらつらと考えてみたところ、カケイさんの話からは、市井の人たちの生命力溢れる日常の営みを強く感じることができるからだと思います。
貧乏で生活環境やモラルが劣悪だった時代の日本。
それでも一生懸命ミシンを踏みながら生きていくカケイさんの姿は心打たれるものがあります。
特に印象的だったのは、カケイさんの出産の場面です。
現代では考えられない、厳しい状況下での出産。
そんな環境で生まれた赤ん坊を、まわりの大人が慈しみながら愛情をかけて育てる。
その姿からは、人間本来がもっている温かみを感じることができます。
物語はカケイさんの主観で話が進められているので、自分の考えと他人との会話が区別なく混沌とした文章になっています。
まるで、カケイさんの頭の中をそのまま文字に書き起こしたような文章。
本来なら読みにくくなるような構成ですが、誰が何を話しているかちゃんとわかるし、人物像や場面もありありと眼に浮かぶのがすごい。
少し前に起こったできごとをすぐに忘れてしまう一方、過去の記憶は鮮明に覚えているところは、本当に認知症の方の心の風景を覗いているような感覚です。
そう考えると、これはきっと小説という形でしか紡ぐことのできない物語、小説だからこそ意味のある作品なのではないかと思いました。
それにしても『キンタマ女』『子消しババア』というワードの破壊力よ。
未読の方はぜひ手にとって読んでみてください。
ではでは。
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