スタジオジブリ高畑勲監督、最後の作品『かぐや姫の物語』。
親が子を思う気持ち。
女性の不幸。
男性の傲慢。
1000年以上前に書かれた『竹取物語』が原作ですが、現代の私たちにも十分通じるテーマが盛り込まれていると感じました。
まず冒頭の『今は昔、竹取の翁といふものありけり‥』という日本一有名な書き出しのナレーションでテンションがあがります。
音で聞くと、とてもリズムが良くて耳に心地よい。
「だから中学生の時は何度も音読して暗記させられたのか」と妙に納得。
そして、赤ちゃん~幼少期のかぐや姫がかわいい。
元気いっぱいで、映像から生命力がほとばしっているのです。
泣いたり笑ったり、感情が豊か。
地元の子供たちと一緒に遊ぶいきいきとした描写は、感動的ですらあります。
さて、『かぐや姫の物語』では「姫の犯した罪と罰」というキャッチコピーがついています。
「罰」はおそらく月から地球に追放されたこと。
では「罪」とは一体なんなのか。
私は、それはかぐや姫の豊かな感情が原因なのではないかと思います。
物語後半、月から迎えにきた使者はかぐや姫に対して「月に戻れば心がざわめくことはない」と言っています。
つまり、月の世界の住民は常に心は穏やか。
それはおそらく、喜怒哀楽の感情を持たないということだと思うのです。
確かに感情を持たなければ、パワハラもうつ病も戦争もない世界なのかもしれません。
しかしかぐや姫は、喜びや悲しみがどのような感情なのかを知りたがってしまった。
きっとそれが、かぐや姫の「罪」。
もしかしたら、私たち地球人のご先祖さまも、もともとは月の住民だったのかもしれません。
かぐや姫と違うのは、ご先祖さまたちは月に帰ることは叶わなかった。
そして子孫である私たちは、今も自分のなかにある感情に苦しめられている。
きっと平安時代の人たちも現代の私たちと同じように、コントロールできない感情に手を焼いていたのでしょう。
そう思うと、ずっと同じことで悩み続けている人類が愛おしくなってきます。
そうか、人間は昔から怒り、悩み、嫉妬してきたのだな、と。
そして同じくらい、喜び、笑い、人を愛してきたのだな、と思うのです。
さらに1000年先、もし人類が生き残っていて『竹取物語』に触れた時、どのように感じるのでしょうか。
もしかしたら、その時には人類もやっと「罰」から解放されて、平穏な月の世界に還っているのかもしれませんね。
ではでは。
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